地元を離れず、
看護を続けるという選択
Chisatoさん 秋田県出身

「地元を離れず、看護を続ける」という選択

  • 看護師になって13年。現在は「順仁堂 遊佐病院」の2病棟で師長をしています。これまで秋田・福島・仙台・山形と、東北各地で働いてきましたが、ここ遊佐病院に来たことで、ようやく「自分の看護が形になってきた」と実感しています。
    もともと秋田出身で、現在も秋田に住んでいます。夫の仕事の都合で山形との県境に引っ越し、毎日30分ほどかけて通勤しています。地元を離れたくない気持ちが強かった私にとって、“暮らし“と”仕事“を両立できるこの環境は、とてもありがたいものでした。
    看護師になろうと決めたのは、高校生のとき。祖父が入院していた病院で、患者さんのそばに寄り添う看護師さんの姿を見たのがきっかけです。

「誰かを支える人たち」を、支える立場へ

  • 師長という役職を任されたのは、今の病院に来て半年ほど経った頃のことでした。「若い人にもチャンスを」という想いのある部長から声をかけていただき、驚きと同時に「期待に応えたい」という気持ちで引き受けました。
    管理職としての役割は、患者さんと直接関わるというより、その“支える人たち“を支えること。スタッフたちが気持ちよく働けるよう環境を整えるのが、私の仕事です。介護員や事務スタッフ、他職種との連携も欠かせません。
    私は性格的に、勢いや感情で物を言うのが苦手なタイプ。だからこそ「丁寧に伝える」ことを大切にしています。指摘や提案をする時も、必ず根拠を持って伝えるようにしています。

変わっていく現場の空気、その中心にいる責任

  • 管理職になって実感するのは、「自分の姿勢一つで、職場の空気は変わる」ということ。以前、悩みを抱えたスタッフが毎日相談に来ていた時期がありました。働く環境をかえたところ、スタッフが笑顔を見せてくれるようになり、「雰囲気変わったよね」と他の職員からも声が上がった時、本当に嬉しかったです。
    仕事が終わった後、月に一度ほど開く飲み会も、実は大切な交流の場。職場では見えない本音が聞けたり、何気ない会話の中に大きなヒントがあったり。看護も管理も、やっぱり「人と人との関わり」だと実感する時間です。
    これからも、後輩を育てながら、自分も学び続けたい。誰かが安心して働けるように支えること、それが私の仕事だと思っています。

他県で働くことで見えた、地元と医療のつながり

遊佐病院があるこの地域には、入院設備のある医療機関が他にありません。そのため、患者さんのほとんどは地元の方々。私は県外から通っている立場ですが、ここで働く中で、この町の文化や価値観に少しずつ触れてきました。
ある朝、病室から山を見て手を合わせている患者さんを見たとき、「この町の人にとって“山”は特別なんだ」と感じました。自然とともに生きる暮らし、それがこの地域では当たり前。そんな日々の風景が、私にとっては新鮮で、看護の目線にも変化をもたらしてくれました。
そして、山形には子育て世代に嬉しい環境もあります。無料で遊べる広い施設がたくさんあり、たとえば山形市の「コパル」や寒河江市の「CLAAPIN SAGAE(クラッピンサガエ)」は、何度行っても飽きないほど快適。秋田に住みながら山形で働いている今、他県で働くことが、地元を見つめ直すきっかけにもなっています。
看護師として、人として、「地域とともにある看護」を考えること。それが今の私のやりがいです。この土地で、自分らしく看護ができる幸せを、日々かみしめています。